2005年新春(医道の日本新年号掲載分)

昔から言霊信仰というものがこの日本のどこにでもあった。言葉に魂が宿ると言われる、言葉の方向に運命が向くという、
だから清き正しい向上的な言葉を意識して口にせよと生前橋本敬三先生もよく言われてきたことである。

言葉というのは人間の存在理由そのものなのである。『神道のこころ』(春秋社)の著者、春日大社宮司葉山頼昭先生の
お話の中に、「この宇宙の歴史を過去へと遡っていくと最後にはどうしても無から有ができたという結論に達してしまいます。この宇宙に最初からものがあったということは考えられないわけであって宇宙の最初は無であったということになります。では、その無の世界に何があったのかということになるとそこに心があった。

どんな心があった のかと言いますと、正確には表現できませんが神の心、大宇宙の どれかの星に人間という生物を造ろうという神の心があったと私はそう考えます。ところでどんなに進化し科学が発達しても永久に見ることができないものがひとつあります。何かというと自分自身です。

人間は自分で自分を識ることができない、神様もまた自分の姿を見ることができない。だから神の本当の姿、本当の世の中を見てくれてそしてそれを実際に表現してくれる人間という生物をこの宇宙の星に造ろうを思われた。だから人間に言葉という表現方法をお与えになったにちがいないと私は思うのです』

まだまだ興味尽きぬ内容が書かれている。人間が人間として存在してきた歴史の中にこの宇宙の心(神の心)があったという話しに感動を得たので、機会あれば、是非読んでいただきたいと思う。
新しい年に向けて・・・

2005年新春(医道の日本新年号掲載分)

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